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最高裁判所第三小法廷 平成8年(オ)2224号 判決

上告人

鈴鹿の森観光開発株式会社

右代表者代表取締役

永瀬勝也

右訴訟代理人弁護士

宅島康二

被上告人

株式会社会社スタッフコーポレーション

破産管財人

平川敏彦

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人宅島康二の上告理由第一点について

一  本件は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員が破産したため、その破産管財人が破産法五九条一項によりゴルフクラブの会員契約を解除し、ゴルフ場経営会社に対し、預託金の返還を請求している訴訟である。

原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

1  上告人は、預託金会員制ゴルフクラブである「鈴鹿の森カントリークラブ」(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営する会社である。

2  本件ゴルフクラブに入会を希望する者は、本件ゴルフクラブの理事会の承認を得、かつ、上告人が定める入会保証金及び名義登録料を上告人に支払うことにより会員資格を取得する。

3  本件ゴルフクラブへの入会に伴って発生する上告人と会員との間の権利義務関係は、次のとおりである。

(一)  本件ゴルフクラブの会員は、会員としてゴルフ場を利用し、本件ゴルフクラブが主催するゴルフ競技に参加し、本件ゴルフクラブの運営に関し理事会に意見を具申する権利を有し、会則等の規則を遵守し、理事会の決定に従い、年会費及びゴルフ場の利用に関する費用を支払い、同伴したビジターの行為について連帯責任を負担する義務を負う。

(二)  上告人は、会員が会員資格を喪失したときには、入会保証金を返還するが、入会後一〇年以内の会員資格喪失の場合には、入会保証金を払い込んだ日の翌日から起算して一〇年を経過した後に返還する。入会保証金は、会員の上告人に対する債務の履行を担保することを目的とし、会員が上告人に対して債務を負担している場合には、払込み額(利息を付さない。)から債務全額を控除した残額を返還する。

4  株式会社スタッフコーポレーションは、平成二年二月九日、上告人に対し、入会保証金二三〇〇万円を払い込み、本件ゴルフクラブの会員になった(以下「本件会員契約」という。)。

5  株式会社スタッフコーポレーションは、平成三年一〇月三〇日午前一〇時に破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に選任された。

6  被上告人は、平成七年三月一八日、上告人に対し、破産法五九条一項により本件会員契約を解除する旨の意思表示をした。

二  原審は、次のように判断して、被上告人は、破産法五九条一項により本件会員契約を解除することができるとし、被上告人がする右入会保証金の返還請求を認容すべきものとした。

本件会員契約は、上告人が会員にゴルフ場施設を優先的に利用させる義務と会員が入会保証金を預託して年会費を納入する等の義務とが対価的関係にある双務契約である。会員が入会保証金の預託をして会員資格を取得した後においては、上告人が会員にゴルフ場施設を優先的に利用させる義務と会員の年会費納入等の義務とが対価的関係にある一種の継続的契約関係が成立し、右の上告人と会員のそれぞれの債務は将来も継続することが予定されているから、破産宣告当時、共にその履行が完了していないものというべきである。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  前記事実関係によれば、上告人と本件ゴルフクラブの会員との間の契約関係は、いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの会員契約であるということができる。右会員契約は、会員となろうとする者が入会に際して所定の預託金を払い込み(会員は、会則等に定める一定の据置期間が経過した後には退会に伴って預託金の返還を請求することができる。)、ゴルフ場経営会社が将来に向かってゴルフ場施設を利用可能な状態に保持し、会則に従ってこれを会員に利用させることをその主たる内容としているものである(預託金を支払って会員となった者は、ゴルフクラブの会員としての資格を有している限り、会則に従ってゴルフ場施設を利用する権利を有する。)。さらに、会員には所定の年会費の支払義務がある旨会則等に定められることもあるが、このような場合には、会員の年会費支払義務も会員契約の一内容となっている。

以上によれば、預託金会員制ゴルフクラブの会員契約は、主として預託金の支払とゴルフ場施設利用権の取得が対価性を有する双務契約であり(会員に年会費の支払義務がある場合には、年会費の支払も対価関係の一部となり得る。)、その会員が破産した場合、会員に年会費の支払義務があるゴルフクラブにおいては、ゴルフ場施設を利用可能な状態に保持し、これを会員に利用させるゴルフ場経営会社の義務と、年会費を支払う会員の義務とが破産法五九条一項にいう双方の未履行債務になるということができる。

2  破産法五九条一項が破産宣告当時双務契約の当事者双方に未履行の債務がある場合に破産管財人が契約を解除することができるとしているのは、契約当事者双方の公平を図りつつ、破産手続の迅速な終結を図るためであると解される。そうすると、破産宣告当時双務契約の当事者双方に未履行の債務が存在していても、契約を解除することによって相手方に著しく不公平な状況が生じるような場合には、破産管財人は同項に基づく解除権を行使することができないというべきである。この場合において、相手方に著しく不公平な状況が生じるかどうかは、解除によって契約当事者双方が原状回復等としてすべきことになる給付内容が均衡しているかどうか、破産法六〇条等の規定により相手方の不利益がどの程度回復されるか、破産者の側の未履行債務が双務契約において本質的・中核的なものかそれとも付随的なものにすぎないかなどの諸般の事情を総合的に考慮して決すべきである。

3  そこで、被上告人が本件会員契約を解除することにより上告人に著しく不公平な状況が生じるかどうかについて検討する。

いわゆる預託金会員制ゴルフクラブの諸施設の整備は、通常は多数の会員から利払いの負担のない資金を調達することによって可能になるという経済的な実態があることは公知の事実であり、右実態にかんがみると、右会員契約関係においては、会員となろうとする者が預託金を払い込むことにより会員資格を取得し、ゴルフ場施設利用権を有するに至ることがその基本的な部分を構成するものであるということができる(最高裁平成三年(オ)第七七一号同七年九月五日第三小法廷判決・民集四九巻八号二七三三頁参照)。

預託金会員制ゴルフクラブの会員が破産した場合、これを理由にその破産管財人が破産者の会員契約を解除できるとすると、ゴルフ場経営会社は、他の会員との関係からゴルフ場施設を常に利用し得る状態にしておかなければならない状況には何ら変化がないにもかかわらず、本来一定期間を経過した後に返還することで足りたはずであり、しかも、当初からゴルフ場施設の整備に充てられることが予定されていた預託金全額の即時返還を強いられる結果となる(解除が預託金の据置期間満了日に近い時期にされたとしても、預託金のように多額の金銭を予定外の時期に調達しなければならない負担がゴルフ場経営会社にとって多大なものであることは明らかである。)。殊に本件のようにゴルフ会員権の市場での売却が困難なゴルフクラブにおいては(この点は記録上明らかである。)、多数の会員のうちの一人が会員資格を失うことによりゴルフ場経営会社に発生する負担は一層大きい。その一方で、破産財団の側ではゴルフ場施設利用権を失うだけであり、殊更解除に伴う財産的な出捐を要しないのであって、甚だ両者の均衡を失しているといわざるを得ない。ゴルフ場経営会社が、会員契約の解除によって生じる右のような著しい不利益を損害賠償請求権として構成し、これを破産法六〇条により破産債権として行使することで回復することは、通常は困難であるというべきである。

また、会員契約の成立により、会員は所定の年会費の支払義務を負うこともあるが、その場合でも一般に年会費の額は預託金の額に比べると極めて少額であり、ゴルフクラブによっては会員に年会費の支払義務がない例があることも公知の事実である。そうすると、本件会員契約のように会員に年会費の支払義務がある場合においても、その義務は、会員契約の本質的・中核的なものではなく、付随的なものにすぎない。

そして、破産管財人としては破産手続を迅速に処理する必要があるから、破産財団が有するゴルフ会員権は、通常破産管財人がこれを市場で(市場性のない場合は個別に)換価することになるのであるが、市場における当該ゴルフ会員権の価値が預託金の額より低額である場合に、破産法五九条一項による解除権を行使することによって、価値の低いゴルフ会員権を失う対価として預託金全額の即時返還を請求し得るとするならば、著しく不当な事態を肯定することになるといわざるを得ない。

なお、破産管財人としては破産財団の減少を防ぐために年会費の支払を免れる必要があるが、そのためには本件会員契約を解除しなくても、会則の定めに従って退会の手続を執れば足りるのである。

これらにかんがみると、被上告人が本件会員契約を解除するときは、これにより上告人に著しく不公平な状況が生じるということができるから、被上告人は、破産法五九条一項により本件会員契約を解除することができないというべきである。

四  以上によれば、被上告人による本件会員契約の解除を認めた原審の判断には、破産法五九条一項の解釈適用及び本件預託金会員制ゴルフクラブにおける会員契約の解釈を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、以上説示したところによれば、被上告人の請求は理由がないから、第一審判決を取り消した上、被上告人の請求を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奥田昌道 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

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